妖しい電脳文芸日記 1
週刊小説連動企画……ということで準備していたんですが、紹介記事が掲載されるのはまだまだ先のことと、高をくくっていました。気がつけば、もう発売されているとか。あわわわわ。
第1回目は
「青空文庫」を紹介しました。歴史的名作の数々がただで読めてしまうというのだから驚きです。
また、これが印刷物ではなく、テキストファイルで供給されているというところに意味があります。ダウンロードした人は、作品を自分の好きな様式で印刷することもできますし、学校の先生などは、試験問題への引用なども簡単にできます。
また、こんなこともできます。
尾崎放哉
これは、尾崎放哉の句ですが、実はあなたがこのページにアクセスしたタイミングによって、様々な句が表示されます。試しにブラウザのリロードボタン(再読込)を押してみてください。表示されている句が変わったと思います。
いったいいくつの句が表示されるのか? どういうタイミングで表示されるのか?(ヒント:1分以上経ってからでないと新しい句に切り替わりません) HTMLの知識のあるかたなら、このページのソースファイルを見てすぐに分かることでしょう。
文学作品がデジタルテキストで配布されるということは、このようなことも可能にしているわけです。
当然、著作権保護の問題が出てきます。作品を勝手に改竄されたり、盗作されたり、無断配布されたりする危険性が大きくなります。著作権保護期間(作者の没後50年)が切れた作品といえども、デジタルテキストで配布されるうちにどんどん変質していく可能性もあります。発表当初の『坊っちゃん』が、2010年には様々な改変バージョンが出ていて、2100年には、もはやどれがオリジナルだったか分からなくなる……などということもあるかもしれません。
著作権保護については、金を取るという側面だけが強調されますが、もっと大切なことは、盗作や盗用を防ぐということだと思います。無名作家の作品が有名作家に盗まれ、発表された場合、著作権保護を謳う団体は、真の著作権者(無名作家)の権利と名誉を守ってくれるでしょうか? すでにその団体の会員であり、「稼ぎ頭」でもある有名作家の作品だと認めてしまったほうが、団体にとっても利益がある場合、真の著作者(非会員で無名)のためにどれだけ真剣に動いてくれるか、大変に疑問です。
一方、デジタルテキストで広く発表されれば、今まで目に触れにくかった作品も発掘され、多くの人が認識することになります。放哉の句を盗作しようとしても、放哉の全作品がデジタルテキストで配布されていれば、一目瞭然でばれてしまいます。その意味では、作品のデジタル化を正しく進めれば、著作権保護に結びつくという可能性もあるでしょう。
創作活動における情報のデジタル化は、この両刃の剣の上でバランスを追求する試みになるのでしょう。
(文・鐸木能光)
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